ー波乱万丈ー 幾度も訪れる困難・・いま“理想から現実“へ動き出す!!

ストーリー

今からお伝えする
お話は低学歴な凡人が

幾度も訪れる困難を
闇と光”で生き抜いて

人生が激変する“

真実の
「インサイドストーリー」です。

ご挨拶

はじめまして!
やまちゃんと申します。

オフィシャルブログに訪問して頂いて
ありがとうございます。

ここでは簡単に僕のプロフィールを
紹介させて頂きますね。

この記事を書いている今現在、46歳。
3人の子供を持つ父親でもあります。

子供の年齢は18歳、13歳、3歳です。

僕は16歳で高校を中退後
ひとり暮らしを始めて、

10代はアルバイトしながら生計を立て、

肉体労働を20年。
現在、管理職となりましたが・・

色々な思いや
きっかけがあり・・

webビジネスを
本格的にスタートしました!

今では、月50万円の
安定した収益化も達成して、


ずっと憧れてた”脱サラ“をしました。

具体的には、

・SNS運用(Twitter、Instagramなど)
 総フォロワー、4万人以上
・ブログ、公式LINE運営
・ SNSマーケティング
・コンテンツビジネス
・SNS運用代行
・オフラインプロモーション
・アフィリエイト、情報販売
・webコンサル

etc.

などをおこなっています。

今では、webビジネスを中心に
生活をしていますが、

過去は、

希望も目標も
未来も見えない・・

このままただ、定年退職を待つだけの
ごく”普通”の会社員のパパでした。

そんな僕が、どのようにして、

“希望の光“を

灯し始めることができたのか。

時間と場所に縛られない
夢のような生活へ

動くことができたのか・・

そんな僕のこれまでのストーリーを
お伝えしたいと思います。

「個人で稼ぐスキルを身につけたい」
「職場のストレスから解放されたい」
「先が見えない現状を変えてたい」

と、思って頑張ってる人たちに、

必ず役立つ部分があるはずです。

ぜひ、最後までお付き合いください。

“闇“の10代・・

今から31年前の春。

僕が15歳。
中学卒業を迎えようとする季節に、

「一家は離散」しました。

高校は、決まっていましたが
自分で働かないと生活ができないため、

夜間の定時制高校に
変えてに入学しました。

また、住む場所もなくなり

友人、知人宅、ときには
公園のベンチ、駅のホームなどを、

転々と寝泊まりし、

昼間は、ガソリンスタンドでアルバイト。
夜間は、定時制高校へ通う生活が始まりました。

しかし・・

当然、この生活は長くは
続きませんでした・・

ひとりで生きていく上で、

15歳の少年には
日中のアルバイトだけでは、

生活資金が底をつき・・

「今夜はどこで寝ようか・・」
「一昨日から何も食べてない・・」

空腹を耐え忍ぶ毎日。

洋服などの私物は
コインロッカーに預けて、

人の気配がなくなる深夜。

公園の個室トイレで着替えて、顔と身体を洗い
ベンチで寝泊まりすることも普通でした。

孤独に耐えながら
想像を絶する生活は厳しく、

定時制高校も1ヶ月で行かなくなり
その後、退学しました。

アルバイトを掛け持ちして
生活費、住む家の資金を貯めようとするも・・

“世の中、そんなに甘くない”

現実を知ることになります・・

友人は学生服を着た高校生。

僕は帰る家もない、
1日を生き延びる生活のためのアルバイト。

友人と一緒に遊んでいても
どこか違う感覚・・

悲しさ、悔しさが込み上げて
深夜、静まり返った

公園のベンチでひとり・・

涙が止まらない夜を過ごした
ことも何度もありました。

そのような生活を続けて、

18歳になり、

車の免許を取得したのを機に
運送会社に就職が決まります。

その会社の決め手は、

会社名義で
“アパートに住める“ことです。

「18歳の未成年に家を
貸してくれるところはない」

親もいない、保証人もいない。
そんな自分を正社員として採用してくれて、

やっと“自分が帰れる家“ができて
本当に嬉しかった!!

「3年間、帰る家がなかった・・」

この当時の状況を
簡単に言葉で表現することはできません。

でも、その時の“感情”は
今でも鮮明に覚えています。

「家があるのは当たり前じゃない」

そう心に刻んだ

18歳の冬でした。

この10代の出来事が

僕の
“激動人生”の

入り口になるとは・・

18歳の少年は知ることはありません。

「家族」「お金」「時間」

後に、この3つがキーワードになっていきます。

肉体労働を続けて・・

もともと車を運転するのが好きだった僕は
ドライバー職は苦痛ではありませんでした。

当時、仕事をすればその分
対価として手当てがあり、

自分が働いただけお給料が貰えて
住む家もあり、充実感もありました。

夜間から翌日の午後まで
1日、18時間勤務も普通でした。

休日は月に4回。

でも、その分お給料が増えるのが
嬉しかったことを覚えています。

無心に生活費を追い求めていた、

20歳の夏。

その後、
僕に「家族」ができました。

幼い頃から憧れていた・・

「家族」

“自分に家族ができた!!”

このことが、

その後に大きな
転機になっていきました。

その後、子供が産まれて
“経済的不安”と“家族との時間”がないことを

考えていた中、

この状況を変えるには・・
転職よりも独立の選択肢しか

ありませんでした。

もともと自分で
なにかをやりたいと模索していた中、

自分でトラックを買うことを決意します。

会社員時代にお世話になっていた、
荷主様とのご縁で仕事を請負

スタートは順調でしたが・・

時代の流れともに・・
個人事業主の風当たりも強く、

運送業界の仕事も激減・・

今、思えば浅はかでした。

その後、資金振りも厳しくなり、

個人事業主として初めって買った
自分のトラックを売却をすることになり、

とても悔しかったことを覚えています。

その後、

当時の会社で自社ドライバーを経て
32歳の時に内勤になり、

管理職となりましたが、

「経済的制限」と「時間的制限」

この2つの制限が、

僕の心を“大きく揺らぎ”ます。

管理職は、想像する以上に厳しい現実が・・

休日出勤は当たり前。

24時間365日
常に社内や取引先から電話があります。

ある日の深夜、会社
からの電話で
トラブル対応する為に、

急遽、“会社から600キロ先”の
取引先まで深夜に対応しに行くことに・・

巷に良く聞く労働基準法とは?

これが管理職の現状です

これも生活の為、家族の為と
仕事をこなしていましたが、

どんなに“質の高い仕事“をしても
どんなに仕事量をこなしても、

残業手当は、認めてもらえない限りありません。

そうなると給料日に入ってくる、

金額は、ほぼ“一定額”です。

昇給も賞与も上がりますが
金額にすれば数千円程度。

24時間365日
常に会社の対応をしても・・

精神的のも経済的にも
心に余裕は生まれません。

常に心の何処かで、


不安を抱えている・・

こんな自分が嫌で仕方がありませんでした。

子供たちが大きくなったとき
習い事や、大学進学になる頃

今の会社員の給料で足りるのか?

と、ふと考えた時・・

「いや・・ 絶対、足りない」

って、気づきました。

お金が足りないからって
子供に我慢をさせたくなかったのです・・

子供にはたくさんの
選択肢を与えてあげたい

お金がないからって、子供に
やりたいことを我慢させる

それだけは絶対に嫌だと
思っていました。

さらに

冷静に考えてみると
僕はこのままいくと、

あと14年で定年退職。

定年退職後、再雇用された
上司の背中を見ていたら・・

これが「将来の僕の姿?」
このままで僕の「人生終わるの?」

残念ですが、

真剣に考えたら“絶望”しかありませんでした。

上司の給料を想像したら、どのくらいの
給料がもらえるのかは、決まっています。

経済的制限”と言う重い拘束。
そして、


もう1つの”時間的制限”

それについては、経済的制限
よりも大きな苦痛でした。

朝は子供たちが起きる前に
会社へ早朝出勤。

残業で帰宅が遅くなることは
ほぼ毎日です。

子供たちは可愛い寝顔で
すやすや寝ています。

子供たちと話すこともなく
1日が終わることも普通でした。

子供の純粋なその可愛い寝顔を
見ていたら

とても愛おしいく・・

「何のために働いているのか・・」

そう思うことは
避けられませんでした。

子供の成長はあっという間です。

気がついたら子供たちが
20歳なって家を出る。

そのときになって、

「もっと、子供と一緒の時間を
過ごせておけば良かった」

「子供との思い出をたくさん
作りたかった・・」

そう後悔している自分の
姿がイメージできてしまったんです・・

また、僕が勤めていた会社は
シフト制の週休2日制でした。

ただ、シフト制なので
曜日の日にちは決まっていません。

人出不足や急遽パートさんが
お休みになった場合は、

当然、社員の僕たちが代わりに
出勤します。

そして、事件が起こります。

真ん中の娘が、
小学5年生の運動会の日。

妻が妊娠8ヶ月でした。

もちろん
僕は運動会へ参加する予定でした。

当日の朝、会社から電話。
取引先からのトラブルで至急、

「会社へ来るように!」

との連絡が。
一瞬、戸惑いましたが..

娘の運動会。。

たくさんの荷物。

それに・・

「妊娠8ヶ月の妻を・・
後にするのか・・」

妻の身体の心配と
娘の姿を見れない・・

会社の指示なので
僕は運動会には行けずに・・

妻はパパさん、ママさん仲間が
サポートしてくれてくれましたが・・

娘の姿は妻が撮ってくれた
ビデオ映像で観ました。

娘が自宅で一生懸命に練習をしていた
ダンス、応援合戦。。

「目の前で見てあげたかった・・」

そう、後悔しても、たった一度の
娘の運動会は戻って来ません。

奥さんが体調が悪いとき・・
子供が病気になったとき・・

そんな時でも会社の指示なら
休日出勤も当たり前でした。

それと、妊娠8ヵ月の妻を
サポートできなかった悔しさ・・

「時間的制限」と「経済的制限」
この2つの拘束に支配されたまま、

毎日を積み重ねていった先に・・

自分の“望む理想の姿”があるのか??

この自分への問いかけに、
真剣に考えたら・・

答えは「ない」でした

自分で稼ぐことを決意するも・・

これをきっかけに
僕の“心の中”にずっとあった
モヤモヤが、

一気に溢れでできました。

「誰にも縛られないで、自分の力で稼ぐ」

そう思い、それからネットサーフィンを
しながら行き着いたのが・・

「webビジネス」での起業。

以前から、web関係の有名な起業家さんや
ブローカーなどをYouTubeで観たりしていて、

知ってはいましたが
遠い世界のような感じで、

自分にはまったく
現実味がなく、

しかも・・

PC音痴でネット検索を
することしか出来ない僕は・・

「自分には・・無理だよな・・」と、思い、

実際に行動に移すことは
していませんでした。

しかし、決意したものの

「何かを始めなきゃ」

そう思って始めたのが
webでの情報収集でした。

たくさんのビジネスユーザーの中で、

①ブログ
②Googleアドセンス
③アフリエイト

この3つにたどり着きました。

ASPに登録をしてブログ記事を書けば
広告をクイックされ収益が発生する?

「これなら、売らなくても
とりあえずオレにもできそうだ!」

早速、ASPに登録をして
ブログ記事を書くぞ!!

と、意気込んだけど・・

「そもそも何を書くの?」
「なんの記事を書いたら収益になるの?」


Webで調べて、

深くなればなるほどに・・
溢れる情報の中、

「何が正しいのか?」
「何が正解なのか?」
「何を信用していいのか・・」

わからなくなってしまい、

手が止まってしまいました。

ブログ記事を書けば稼げる

って、本当なの?

ずべてが嘘のように見えて
どの情報を信用すれば良いのか、

迷走していました・・

ただ時間ばかりが過ぎる日々。
このままで本当にいいのか・・

僕の人生は、泥沼化した
職場の人間関係のストレスに耐えながら

会社員生活で人生を終えるのか・・

6ヶ月間、誰にも相談できずに
悩み続けました。

新たな場所を追い求めて・・

「このまま独学では難しい」

「最速、最短の道は、
誰かに聞くしかない」

諦めの悪い僕は、必死にTwitterを使って、
情報を集めました。

そこでずっと気になっていた
アカウントがあり、

自分からコンタクトを取りに行きました。

「Googleアドセンスは関係ない
SEOで上位を狙っても収益化は難しい」

「ただ、むやみにブログ記事を
量産しても稼げない」

とのこと。

ただこれは、どうやって
学べばいいのか・・

誰かに教わるにしても
年齢的にも僕には時間がないし・・

ここは一歩踏み出して、自分が変わるしかない。

そして、

妻ともじっくり話し合いをして・・

勇気を出して、新しい世界、知らない場所へ
一歩踏み出す決意をしました。

新しい挑戦に受け入れてくれた妻には
感謝しかありません。

憧れから現実に

最初はビジネスの土台から
徹底的に勉強が始まりました。

「実践」と「修正」
を繰り返す毎日。

そして、4ヶ月後には、

数千円の初収益が!!

ASPに登録をして
ブログ記事を書けば稼げる。

とは、まったくの別物でした。

間違いなく「戦略的」に
稼いだものです

そこから
少しづつ“できることが増えていき“・・

さらに、スタートして1年後、月30万円の
安定した収益化達成!!

その後も
次々と新しい課題が与えられて、

“見ている世界”と“環境”が
どんどん変わっていきました。

もちろん、先に進むにつれてたくさんの
壁が立ち塞がりました。

しかし進む道に迷いは、なくなりました。

僕は何かに取り憑かれたように、

夢中でビジネスの世界に
のめり込んでいきました。


「SNSも知らないPC音痴な
僕でも”個人で稼ぐ“ことができるんだ!!」

本当に諦めなくてよかった!!

そう強く実感したのを覚えています。

今までに感じたこともなかった、

「自信」と「信念」も
ついていきました。

過去の僕のような人を救いたい

人生を振り返ったとき・・
あなたは何を思いますか?

「愛する人たちのために心からの喜びを
与えられる事が出来ていたのか」

「誰かの為に生きる」
「未来は変えられる」

そんな想いで
この記事を書いています。

”誰か“のために・・

愛する家族と、大切な周りの人・・

1人でも多くの人を救いたい。

これが、
僕の“残りの人生の使命“だと思っています。

僕にできること

僕は15歳で一家離散してから、

「ひとりで生きていく」

ことを決意しました。

当時15歳の少年の僕は

「絶対に誰にも頼らない」

そんな気持ちで、ずっと生きていました。

自分の家もなく、お金もない。

1日、1日を生き抜くことが、

精一杯・・

生涯、忘れることがない
17歳の2月。

「頬が突き刺さる冷たい風・・」
「極寒の寒さに耐えしのぎ・・」

公園の個室でトイレで段ボールにくるまり、
寝泊まりすることも・・

人間が生きていくためには
こんなにも残酷なのか・・

17歳の少年には耐え難い毎日でした。

先が見えない不安と恐怖・・

さらに、

孤独と空腹に耐えきれずに、

外は凍りつくような
ある日の夜。

「カンカン」と鳴り響く
遮断機が降りた踏切の中に・・

電車が迫る線路の上に
放心状態で立ちすくみ・・

電車の眩しいライトと

“激しい警報器は鳴り響き“

迫りくる電車・・

後数メートルのところで眼が覚めた。

気がつくと線路脇に転がるように
倒れていました。

その後の記憶はありません。

僕は、生まれ育った環境を
恨んだ時期もありました。

でも、誰かを恨んだり、憎んだりしていても
育った環境は変えられない。

どういう人生にするのかは自分次第。

そう、自分次第、考え方次第で
人生は変えられる。

このような生活を17歳から
続けていく中で、

当然、先の事も考えられず、
未来は見えない状況でした・・

そんな経験から・・

・生き抜くためのお金の大切さ
・心の豊かさ、心の想いの大切さ
・将来の不安に感じてる人
・人生の先が見えない人

そんな方を1人でも多く救いたい。

将来的には、

事情があって親がいない子供達に
支援を出来る

そんな事業を展開していきたい。

そして、僕の夢は

“誰かの為に、人生に大きく影響を
与えられる人間になりたい”

そして・・

ビジネスでは、
僕が責任を持ってサポートすることで
自分自身もさらに成長できる。

僕は、よくあるビジネス開始3ヶ月後に
月収100万越えしました!

みたいなタイプではなく

遠回りをしてしまった事もあるし
何をやってもうまくいかないタイプで、

当然、苦労の連続でした。

だからこそ今では、

僕のコンサル生もいますが
無駄に遠回りしない方法を教えてます。

ゼロから育てたクライアントさんが

はじめて自分の手で
稼げる様になった時は


自分のことのように本当に嬉しいです。

上のスクリーンショットは、

僕のクライアントさんが
初めて収益を出した時のやりとり。

人の人生が変わる瞬間に立ち会える
って最高ですね!!

この時に僕は改めて、

ビジネスの
正しいやり方を学べば、

まったくの初心者でも
変わることができると確信しました。

スタート時の状況は一切関係なく、

それまでの知識や経験が
豊富かどうかよりも

「正しい知識を得てスキル」をつけて
「正しい方向性」で努力をすることが


大事だと気づいた瞬間でした。


初収益を出した彼は、

ワンランク上のステージへ行き
どんどんと成長していき、

今でも彼とは近い仲間として活動しています。

ビジネスはお互いが常に
win-winではなくてはなりません。

そこが僕のビジネスの
”基本的理念“になります。

この記事を読んでる、
あなたも、おそらく何かしらの

悩み、不安があって、

自分の力で稼いで行きたい
と、思っているはずですよね?

それなら・・・

次は“あなたの番”です!

さいごに⋯

はじめにお話しした3つのキーワド

「家族」「お金」「時間」

これを充実させるには・・・

“個人で稼ぐ力”

が必要になります。

もちろん会社員というメリット
もたくさんありますが、

会社員という働き方では、出来ない
現実もあります。

ですので
僕は会社員と言う働き方を、

否定するつもりは1ミリもありません。

ただ僕が生きて来た中で、

「この選択肢を選んだ」と
言うだけです。

ここまで諦めずに
生きてこれたのは・・・

「自分に負けない」

それだけでした。

“過去の自分に届いてほしい”

あのときからずっと・・

だから、

これからも走り続けます!!

あなたと一緒に、

“何か“を成し遂げられたら
僕も幸せに感じます。

「幸せを自分の手で掴みに行きましょう!」

だいぶ長くなってしまいましたね。

この辺で終わりにします。

最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。

やまちゃん

PS.

最後まで読んでいただき
ありがとうございました!

僕がゼロ知識の状態から
ビジネスを学び、

その過程で得た知識、スキルを
公式LINEで定期配信しています。

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と思っているなら⋯

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